実際に起こる現象は全て不可逆であり、可逆の現象は理想化された現象である。可逆の現象は時間が進んだ場合の変化を逆向きにした場合の変化も起こすことができる A.1。
例えば、完全な真空中で空気抵抗がなく一様な重力のみが作用する理想的な環境を仮定した場合、支えていたボールを離して落ちる現象は可逆となる。重力加速度 [m/s ]を9.8 m/s とすると、10秒後のボールの速度 [m/s]は
98 m/sとなる(図A.1順方向)。ボールを離して10秒後に下向き98 m/sとなるまでの現象を、逆に時間を進めた場合を考える。10秒後の下向きに98 m/sの逆なので、逆の現象では始めの状態においてボールは上向きに98 m/sの速度で移動している。空気抵抗がないことを仮定しているので、下向きに9.8 m/s で加速され、10秒後にボールの速度は0 m/sとなり停止する(図A.1逆方向)。時間が順方向に進む現象も、逆方向に進む現象も物理的に矛盾はなく、10秒後の状態の方向を逆にし10秒経過すると順方向の始めの状態に戻る。
実際にボールを離す場合には空気抵抗により不可逆となる。図A.2順方向に示すように、空気抵抗は移動方向の逆向き(重力と逆向き)に作用し、ボールを離して10秒後の速度は空気抵抗が作用しない場合に比べると小さくなる(例えば95 m/s)。図A.2逆方向に示すように、この逆の現象を考える。順方向の現象の逆を考えるので、始めにボールは上向きに95 m/sの速度を持っている。上向きに運動している場合には重力と同じ方向に空気抵抗が働くため、10秒間での速度変化は空気抵抗がないときよりも大きくなる。そのため、10秒経過する前に速度はゼロとなり、落下をはじめる。空気抵抗がない場合、10秒で98 m/s変化するが、空気抵抗があるとより大きく変化するため、95 m/sから10秒後には下向きに3 m/s以上の速度となる。このように空気抵抗がある場合は、時間を逆向きに進めた場合に10秒経過後に順方向の始めの状態には戻らず、不可逆である。
熱が伝わる現象は必ず不可逆となる。高温の物体と低温の物体を接触させて、2つの物体の温度が近くなる現象を考える。100℃の物体と10℃の物体を10秒間接触させ、90℃と20℃に変化する現象を考える。逆向きの現象を考える場合、運動していないため方向は変化しないA.2。10秒後の状態、90℃と20℃の物体を接触している状態から始めると、熱は高温から低温へしか伝わらないため、100℃と10℃に戻ることはなく、たとえば85℃と25℃とより近い温度へと変化する。
発熱や熱が伝わる現象は必ず不可逆になる。空気抵抗をともなうボールの落下では摩擦によって運動エネルギーが摩擦熱に変換されている。