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B.1 サイクルでの仕事

熱機関のように系(ピストンを可動壁とする閉じた系を考える)から仕事を取り出したいサイクルにおいて、系の外の流体の圧力を考えると、その流体の圧力によりピストンの支持棒への力が変化し、“系が周囲にする仕事”と“取り出せる仕事”が異なることがある。 系からピストンにかかる力と周囲からピストンへかかる力は釣り合う(図B.1)。系の圧力によりピストンに働く力は、ピストンへの系の圧力 $ P_$sys [Pa]とピストンの断面積 $ A_$pis [m$ ^2$ ]で $ P_$sys$ A_$pis [N]と表される。周囲からピストンへの力は、系外の流体の圧力 $ P_$env [Pa]、ピストンの断面積 $ A_$pis [m$ ^2$ ]、ピストンの支持棒の力 $ F_$pis [N]で( $ P_$env$ A_$pis$ + F_$pis )[N]と表される。この力の釣り合いから次式が成り立つ。
図 B.1: 力の釣り合い(系の圧力が高い場合)
\includegraphics[width=50mm]{figures/PistonSH.eps}

$\displaystyle P_$sys$\displaystyle A_$pis$\displaystyle = P_$env$\displaystyle A_$pis$\displaystyle + F_$pis (B.1)

例えば車のエンジンのピストンなどは大気中で動作するため、系外の空気にも仕事をしている。系外の空気の圧力が大気圧0.1 MPa ( $ P_$env$ = 0.1$ MPa $ = 100\:000$ Pa)、ピストンの断面積が0.01 m$ ^2$ ( $ A_$pis = 0.01 m$ ^2$ )である場合を考える。この時、ピストンが周囲から内部に向かって、系外の空気の圧力により加えられる力は次のように計算できる。

$\displaystyle P_$env$\displaystyle A_$pis$\displaystyle = 100\:000\:{\rm Pa} \times 0.01\:{\rm m}^2 = 1\:000\:{\rm N} = 1\:{\rm kN}
$

このとき、ピストン内部の圧力が10.0 MPa ( $ P_$env$ = 10.0$ MPa $ = 10\:000\:000$ Pa)であると、系からピストンへ加えられる力は次のように計算できる。

$\displaystyle P_$sys$\displaystyle A_$pis$\displaystyle = 10\:000\:000\:{\rm Pa} \times 0.01\:{\rm m}^2 = 100\:000\:{\rm N} = 100\:{\rm kN}
$

上の2つの値を式(B.1)へ代入すると、次のようにピストンで力が釣り合うために支持棒に加える必要のある力が求まる。

$\displaystyle 100\:{\rm kN}$ $\displaystyle = 1\:{\rm kN} + F_$pis    
$\displaystyle F_$pis $\displaystyle = 99\:{\rm kN}$    

支持棒が99 kNの力でピストンを押すと釣り合う。この釣り合っているピストンの支持棒の力をわずかに小さくすると、系は膨張する。簡単のため、系の体積が変化しても圧力は大きく変わらず $ P_$sys [Pa]は一定とし、体積が $ \Delta V = 0.000\:5 $ m$ ^3$ 変化した場合を考える。このとき、ピストンの移動距離$ \Delta l$ [m]は次のように計算される。

$\displaystyle \Delta l = \Delta V / A_$pis$\displaystyle = 0.000\:5\:{\rm m^3} / 0.01\:{\rm m^2} = 0.05\:{\rm m}
$

この際の、系がした仕事 $ W_$sys [J]、系が系外空気にした仕事 $ W_$env [J]、系が支持棒にした仕事 $ W_$pis [J]の関係は次のようになる。この節でのみ仕事の符号の向きの定義を変え、系からも周囲からもピストンへ向かう方向の仕事を正とする。

$\displaystyle W_$sys$\displaystyle = W_$env$\displaystyle + W_$pis    

また、それぞれの値は次のように求められる。

$\displaystyle W_$sys $\displaystyle = P_$sys$\displaystyle \Delta V = 10\:000\:000\:{\rm Pa} \times 0.000\:5\:{\rm m^3} = 5\:000\:{\rm J}$    
$\displaystyle W_$env $\displaystyle = P_$env$\displaystyle \Delta V = 100\:000\:{\rm Pa} \times 0.000\:5\:{\rm m^3} = 50\:{\rm J}$    
$\displaystyle W_$pis $\displaystyle = F_$pis$\displaystyle \Delta l = 99\:000\:{\rm N} \times 0.05\:{\rm m} = 4\:950\:{\rm J}$    

系(エンジン)は5 000 Jの仕事をしている。そのうち支持棒に4 950 J、系外空気に50 Jの仕事をしている。支持棒にされる仕事4 950 Jが取り出される仕事 B.1、車のエンジンであれば車の動力である。

では、図B.2のように系の圧力が系外の流体の圧力よりも小さい場合はどうなるだろうか。例えば注射器を大気圧下で引く場合は注射器の内部の圧力が低い。ピストン(注射器)の系外の空気が大気圧0.1 MPaで、系の圧力がそれよりも低い0.05 MPaのときを考える。ピストンの断面積はエンジンの場合と同様とする。系外空気の圧力により加えられる力は同様に $ P_$env$ A_$pis$ =$ 1 kNである。系からピストンへ加えられる力は次のように計算できる。

$\displaystyle P_$sys$\displaystyle A_$pis$\displaystyle = 50\:000\:{\rm Pa} \times 0.01\:{\rm m}^2 = 500\:{\rm N} = 0.5\:{\rm kN}
$

上の2つの値を式(B.1)へ代入すると、次のようにピストンで力が釣り合うために支持棒に加える必要のある力が求まる。

$\displaystyle 0.5\:{\rm kN}$ $\displaystyle = 1\:{\rm kN} + F_$pis    
$\displaystyle F_$pis $\displaystyle = - 0.5\:{\rm kN}$    

ピストンへ向かう方向が正であるので、支持棒はピストンを0.5 kNの力で引っ張っている。この際の、系がした仕事 $ W_$sys [J]、系が系外空気にした仕事 $ W_$env [J]、系が支持棒にした仕事 $ W_$pis [J]は次のようになる。

$\displaystyle W_$sys $\displaystyle = P_$sys$\displaystyle \Delta V = 50\:000\:{\rm Pa} \times 0.000\:5\:{\rm m^3} = 25\:{\rm J}$    
$\displaystyle W_$env $\displaystyle = P_$env$\displaystyle \Delta V = 100\:000\:{\rm Pa} \times 0.000\:5\:{\rm m^3} = 50\:{\rm J}$    
$\displaystyle W_$pis $\displaystyle = F_$pis$\displaystyle \Delta l = -500\:{\rm N} \times 0.05\:{\rm m} = -25\:{\rm J}$    

系は25 Jの仕事をしている。そのうち支持棒に-25 J、系外空気に50 Jの仕事をしている。系と支持棒で25 Jずつ系外空気に仕事をしていることになる。 このように、系外流体の圧力が系の圧力よりも高い場合には、系が膨張する場合にもピストンの支持棒を引っ張る必要があり、系が仕事をされているように感じるが、系とピストンはともに系外の流体に仕事をしている。
図 B.2: 力の釣り合い(系の圧力が低い場合)
\includegraphics[width=50mm]{figures/PistonSL.eps}

ここで仕事はすべて正の値とすると、以下の関係が成り立つ。

$\displaystyle 系がピストンへした仕事 = 系外の流体へした仕事 + 支持棒へした仕事(取り出せる仕事)
$

“系が系外の流体へした仕事”が“系がピストンへした仕事”よりも大きい場合、系が膨張する場合でも注射器のように引っ張って仕事をする必要があり、系は周囲に仕事をしているが“取り出せる仕事”が負の値となる。“系が周囲にする仕事”では、取り出すことのできる“ピストンが支持棒にした仕事”のみではなく“系外の流体への仕事”を含めた仕事を考える。


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