無銭経済宣言 感想

地球規模の環境問題に対して、どのような社会を目指せば良いのかを考えるのに参考になる本を紹介する。


無銭経済宣言、マーク・ボイル、紀伊國屋書店、2017年

本書からは本当に持続可能な社会にするためにはどうすれば良いかを考えたことが伝わってくる。持続可能な社会を、と近頃耳にすることが多くなったが、今の経済で成り立っている社会で達成できるとは思えない。これまで人間社会が未踏の地を破壊しながら成り立ってきたが、破壊する場所がなくなってきている。宇宙に出て行ければ広がり続けることが前提でも成り立つかもしれない。しかし、今の技術では破壊の速度には宇宙へ行く速度は追いつけないだろう。この本で書かれている贈与経済に移行するか、少なくとも近づけていけば、社会はまだ持続していけるかもしれない。


英語の原書はクリエイティブコモンズのライセンスで公開されている<注>。

http://www.moneylessmanifesto.org/

<注>本文は見つけることが出来なかった。"Creative Commons Attribution-NonCommercial-NoDerivs 3.0 Unported license"(クリエイティブ・コモンズ 表示 - 非営利 - 改変禁止 3.0 非移植)で公開されており再配布は許可されているので、検索サイトで"moneyless manifesto download"などと検索すると読むことができる。

もしくは、Internet Archiveで2018年以前のデータで見ることができる。

貨幣と科学技術を棄てること。この二つが折り重なって社会を悪い方向へ進ませている。現在、お金がとても価値のあるもののように扱われているが、お金・貨幣とはサンタクロースと同じ実態のない幻想である。貨幣を元にした経済はただただ拡大することを目指しており、発展することが正義である。社会の発展によって支えられ、また発展を支えているのが科学技術である。科学技術は拡大を前提とした貨幣経済なしでは発展しえない。

貨幣と科学技術を否定してどのように暮らしていけば良いだろうか。貨幣経済ではお金を対価とすることで周囲との繋がりが希薄になる。お金を介さずに自分もしくは知人の作ったものを食べたり生活に使っていれば、その作られ方、作られた場所の状況のことは他人事ではなくなる。自分の領域が広がる。

循環することにこだわりをもっている。自分の体も物質が周囲と入れ替わって、全体として自分の体も含めて循環している。貨幣経済では直線的に成長し変化することを求めるが、直線ではなく循環をさせていく。時間的に人工的な光のない朝と夜の太陽の循環、月の満ち欠けによる季節の循環、作物の植え付け収穫の太陽の一年間の循環。物質の循環、水や食べ物から堆肥、作物への循環。循環している目の届く範囲であれば、人は責任をもって環境を壊さずに生きていける。

生き方について貨幣社会では人々は自分の時間を切り売りして苦痛に満ちた生を過ごしている。勤勉さではなく怠惰が認められ、嫌々仕事を押しつけ合うのではなく満ち足りた仕事や生活を送れる自分に必要なことだけをする社会に贈与社会では実現できる。


私の受けた印象として、著者は医療や過ごしやすい環境を棄てる決断のできる、自分に自信のある強い人と感じた。 著者はアイルランドの人だから、やはり西洋的な考え方によっているように思える。日本でも同じように当てはまるのだろうか。 西洋の歴史は数百年前から奴隷から搾取をし、その後、技術発展によって奴隷からの搾取から科学技術による周囲の破壊へと代償が代わり、代償を得て発展する社会構造が出来上がっている。西洋文明が大量に入ってくる明治維新以前の日本の江戸時代までであれば、この破壊的な文化の影響が小さい社会だったのではないだろうか。

江戸時代では世界でも最大級の都市であった江戸は循環型の都市としてなりたっていた。また、日本の支配層は西洋と比較すると庶民からお金を巻き上げ贅沢をすることが少なかった。これは現代の日本では大企業で会っても会社の社長の給料が欧米と比べて少ないことに繋がっている。江戸時代までの日本の社会であれば貨幣と科学技術が上手く折り合って循環する社会を作れていたのではないだろうか。 現在の日本の自殺者の多い勤勉さを強要する社会では、怠惰を認める贈与社会には簡単には移行できなさそうではあるが。

著者の言う目の届く範囲での生活であれば、今の新型コロナの騒動は起こらなかっただろう。これからグローバル化ではなくローカル化へ少しは変わっていくだろうか。


2020年9月12日
椿 耕太郎



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