可逆過程の熱と不可逆過程の熱

エントロピーは可逆過程での熱により定義された。ではエントロピー変化を通常の不可逆過程で求めるためには、この可逆過程での熱はどのように考えればよいのだろうか。

温度の違う熱源をしばらく接触させ熱が伝わった際のエントロピーの変化を考える。 エントロピーは状態量であるので、初めと終わりの状態が同じであれば、どのような経路でも変化量は同じである。 そこで、接触される前の状態と離された後の状態での変化を考える。この前後の状態が同じであれば間では何が起こっていてもエントロピーの変化量は同じである。可逆過程での熱のやりとりで求められるように、間に可逆過程の熱のやりとりをするサイクルを考える。熱のやりとりは可逆でしたいため準静等温加熱と準静等温冷却を含み、それぞれでやりとりする熱の量は同じとすれば、熱源を直接接触させた後と同じ状態となる。準静等温過程を可逆断熱過程で繋ぐと可逆サイクルであるカルノーサイクルとなるため、仕事が取り出されることとなり、冷却の熱量が加熱の熱量よりも少なくなってしまう。そこで、仕事を取り出す膨張過程を不可逆の断熱膨張として、可逆圧縮過程で必要な仕事と同じだけ仕事を取り出せる過程であるとする B.3。 サイクルの過程の中に不可逆の過程が入っているため、不可逆のサイクルである。全体でのエントロピーの変化を考えると、サイクルは一回りすると必ず元の状態に戻るので状態量であるエントロピーの変化量はゼロ、高温の熱源(温度 $\Theta_\mathrm{H}$)では熱$Q$を渡すため高温熱源のエントロピー変化 $\Delta S_\mathrm{H}$は次のように計算できる。

$\displaystyle \Delta S_\mathrm{H} = - \frac{\vert Q\vert}{\Theta_\mathrm{H}}$ (B.7)

低温熱源( $\Theta_\mathrm{L}$)では熱$Q$を受け取るためエントロピー変化 $\Delta_\mathrm{L}$は次のようになる。

$\displaystyle \Delta S_\mathrm{L} = \frac{\vert Q\vert}{\Theta_\mathrm{L}}$ (B.8)

ここで低温熱源の温度が高温熱源の温度よりも低いため、低温熱源でのエントロピー増加量が高温熱源での減少量よりも多く、全体のエントロピー変化 $\Delta S_{all}$は次のようになる。

$\displaystyle \Delta S_{all} = \frac{\vert Q\vert}{\Theta_\mathrm{L}} - \frac{\vert Q\vert}{\Theta_\mathrm{H}}$ (B.9)

まず可逆過程について確認をする。可逆過程となるのは可逆断熱過程と準静等温過程のみである(5.2.2節)。可逆断熱過程は発熱もなく熱が伝わることもない過程である。準静等温過程では系と熱源の温度を限りなく近づけ無限の時間をかけて熱を伝える過程である。可逆過程での熱のやりとりは必ず準静等温過程で行われる。

エントロピーは状態量であるので、初めと終わりの状態が同じであれば、どのような経路でも変化量は同じである。そこで、不可逆過程においてエントロピーを考えるために、過程を可逆断熱過程と準静等温過程のみで構成される経路で考える B.4。 どんな過程も可逆断熱過程と準静等温過程で表すことが出来る。例えば、まず過程の終わりの温度となるまで可逆断熱過程で変化をさせる。温度は同じになっているので準静等温過程で圧力が同じになるまで系を加熱(冷却)すれば終わりの状態に出来る。 この経路の準静等温過程の部分でやり取りされる熱を、不可逆過程においてエントロピー変化を計算する際の可逆過程での熱として考えることが出来る。

準静等温過程を先にする経路と後にする経路では熱量が異なるが、エントロピーの変化量は等しくなる。このことを状態Aから状態Bへ変化する過程を例に考える。状態Aから状態Bへ可逆過程で変化する経路として、先に準静等温過程(熱 $Q_\mathrm{AC}$が伝わる)で状態Cまで変化し後に可逆断熱過程で状態Bへ至る経路1と、先に可逆断熱過程で状態Dまで変化し後に準静等温過程(熱 $Q_\mathrm{BD}$が伝わる)で状態Bへ至る経路2の二つの経路が考えられる(図B.11)。このそれぞれの経路において必ずしも伝わる熱は等しくならない( $Q_\mathrm{AC} \neq Q_\mathrm{BD}$)。 この二つの経路を組み合わせて、A→C→B→D→AB.5となるサイクルとすると、初めに考えていた不可逆過程の始点と終点を含む可逆サイクル(カルノーサイクル)となる。

図 B.11: 可逆過程による経路の$PV$線図
\includegraphics[height=70mm]{figures/CarnotCycleIdealPV.pdf}

可逆サイクルでは次式が成り立つ。

$\displaystyle \frac{Q_\mathrm{AC}}{\varTheta_\mathrm{A}} = \frac{Q_\mathrm{BD}}{\varTheta_\mathrm{B}}$    

$\varTheta_\mathrm{A}$は状態Aの温度、 $\varTheta_\mathrm{B}$は状態Bの温度である。また、経路1と経路2のエントロピーの変化量はそれぞれ次の様に表される。

$\displaystyle \Delta S_1$ $\displaystyle = \frac{Q_\mathrm{AC}}{\varTheta_\mathrm{A}}$    
$\displaystyle \Delta S_2$ $\displaystyle = \frac{Q_\mathrm{BD}}{\varTheta_\mathrm{B}}$    

上3式から経路1と経路2でのエントロピーの変化量が等しいことが分かる。

このように、不可逆過程でも可逆断熱過程と準静等温過程に分けることでエントロピー変化量を求めることができる。


脚注

... そこで、接触される前の状態と離された後の状態での変化を考える。この前後の状態が同じであれば間では何が起こっていてもエントロピーの変化量は同じである。可逆過程での熱のやりとりで求められるように、間に可逆過程の熱のやりとりをするサイクルを考える。熱のやりとりは可逆でしたいため準静等温加熱と準静等温冷却を含み、それぞれでやりとりする熱の量は同じとすれば、熱源を直接接触させた後と同じ状態となる。準静等温過程を可逆断熱過程で繋ぐと可逆サイクルであるカルノーサイクルとなるため、仕事が取り出されることとなり、冷却の熱量が加熱の熱量よりも少なくなってしまう。そこで、仕事を取り出す膨張過程を不可逆の断熱膨張として、可逆圧縮過程で必要な仕事と同じだけ仕事を取り出せる過程であるとするB.3
不可逆過程で取り出せる仕事は可逆過程よりも小さくなる。
...エントロピーは状態量であるので、初めと終わりの状態が同じであれば、どのような経路でも変化量は同じである。そこで、不可逆過程においてエントロピーを考えるために、過程を可逆断熱過程と準静等温過程のみで構成される経路で考える B.4
このとき、系の内部の変化のみを考え、周囲の熱源の条件は考えなくていよい。可逆断熱過程では熱源とのやりとりはなく、準静等温過程では系と熱源は同じ温度となっており系の状態から熱源の条件が決まるため、周囲の熱源は系と同じ温度に限定される。
... この二つの経路を組み合わせて、A→C→B→D→AB.5
可逆であるためA→D→B→C→Aでもよい。
トップページ
この図を含む文章の著作権は椿耕太郎にあり、クリエイティブ・コモンズ 表示 - 非営利 - 改変禁止 4.0 国際 ライセンスの下に公開する。最新版およびpdf版はhttps://camelllia.netで公開している。