仕事の関数

系が受け取る仕事を正とすれば、仕事$W$ 1J (単位:無次元) [J] は一定の圧力 $P_\mathrm{一定}$ 1Pa (単位:無次元) [Pa] の下で体積$V$ 1m$^3$ (単位:無次元) [m$^3$] により次式で表すことができる。

$\displaystyle W = - P_{一定} \Delta V$ (D.1)

このように仕事は二つの状態量である圧力と体積から表すことができる。 しかし、仕事は一つの組み合わせの圧力と体積に対して一つの値をもつ状態量ではない。

式(D.1)から何故仕事が状態量にならないのかを考える。 仕事と同じ式(D.1)で変化量を表すことの出来る、$P$$V$の関数である状態量の仕事エネルギー$L(P, V)$ 1J (単位:無次元) [J] が存在すると仮定する D.1。 この仮定が正しければ成り立たなくてはならない交換法則が成り立たないことから、この仮定は間違っていることをしめす。

$\displaystyle \Delta L = - P_\mathrm{一定} \Delta V$ (D.2)

この$L(P, V)$の微小変化は次式で表される。

$\displaystyle \mathrm{d}L$ $\displaystyle = - P \mathrm{d}V$    
$\displaystyle \mathrm{d}L$ $\displaystyle = 0 \mathrm{d}P - P \mathrm{d}V$ (D.3)

この式(D.3)は下記の全微分の形に対応している。

$\displaystyle \mathrm{d}L =
\if 11 \dfrac{\partial L}{\partial P}
\else \dfrac{...
...ial L}{\partial V}
\else \dfrac{\partial^{1} L}{\partial V^{1}}
\fi
\mathrm{d}V$ (D.4)

式(D.3)と式(D.4)の対応から次の二式が求まる。

$\displaystyle \if 11 \dfrac{\partial L}{\partial P}
\else \dfrac{\partial^{1} L}{\partial P^{1}}
\fi$ $\displaystyle = 0$ (D.5)
$\displaystyle \if 11 \dfrac{\partial L}{\partial V}
\else \dfrac{\partial^{1} L}{\partial V^{1}}
\fi$ $\displaystyle = - P$ (D.6)

上二式左辺の一階変微分は、さらに一階偏微分可能で連続であることは明らかであるD.2 ので元の仮定した関数$L(P, V)$は二階編微分可能で連続な$C^2$級の関数である。$C^2$級の関数は二階編微分において必ず次式の交換法則が成り立つD.3

$\displaystyle \underbrace{
\if 11 \dfrac{\partial }{\partial V}
\else \dfrac{\p...
...rtial V}
\else \dfrac{\partial^{1} L}{\partial V^{1}}
\fi
}_{L(P, V)が存在するための条件}$ (D.7)

この交換法則が成り立たない場合には、仮定した関数$L(P, V)$は存在しないといえる。式(D.5)と式(D.6)をそれぞれ$V$$P$で偏微分し、式(D.7)が成り立つかを確認する。式(D.5)を$V$で偏微分する。

$\displaystyle \if 11 \dfrac{\partial }{\partial V}
\else \dfrac{\partial^{1} }{...
...ac{\partial L}{\partial P}
\else \dfrac{\partial^{1} L}{\partial P^{1}}
\fi
= 0$ (D.8)

次に式(D.6)を$P$で偏微分する。

$\displaystyle \if 11 \dfrac{\partial }{\partial P}
\else \dfrac{\partial^{1} }{...
...{\partial L}{\partial V}
\else \dfrac{\partial^{1} L}{\partial V^{1}}
\fi
= - 1$ (D.9)

式(D.8)と式(D.9)より式(D.7)が明らかに成り立たないことから、関数$L(P, V)$は存在しないことが分かる。よって状態量となる仕事の関数$L(P, V)$は存在せず、仕事は状態量ではない。

仕事を表す式(D.3)の様に積分して関数が得られない(状態量にならない)微分方程式を不完全微分方程式(Inexact differential equation)と呼ぶ。この不完全微分方程式を積分する際には、$P$$V$の積分範囲を指定するだけでは積分値を求められず、積分経路を指定した経路積分をしなくてはならない。これに対して、二階偏微分の交換法則がなりたてば、積分後の関数が存在する。そのような(状態量となる)微分方程式を完全微分方程式(Exact differential equation)と呼ぶ。

経路積分の必要な不完全微分方程式を完全微分方程式と区別するため $\mathrm{d}$ではなく$\delta$を使って表す。微小量の仕事は次のように表される。

$\displaystyle \delta W = -P \mathrm{d}V$ (D.10)

仕事や熱の特徴として、内部エネルギーなどが変化量$\Delta U$の微小量として $\mathrm{d}U$が使われていることに対して、仕事や熱の$\delta W$$\delta Q$は不完全微分方程式であることに加え、微小な変化量ではなく、状態変化の間に作用している仕事や熱の微小な大きさを表していることを注意して欲しい。



脚注

... が存在すると仮定するD.1
関数$L(P, V)$が存在すれば、ある特定の状態$(P, V)$に対して一つだけの仕事$L$の値が決まり、仕事は状態量といえる。
... 上二式左辺の一階変微分は、さらに一階偏微分可能で連続であることは明らかであるD.2
0は$P$$V$どちらで偏微分しても0であり偏微分可能である。$P$$P$で偏微分すれば1、$V$で偏微分すれば0である。
...級の関数は二階編微分において必ず次式の交換法則が成り立つD.3
詳細は微分積分の教科書[][][]を参照するとよい。
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