B.4 極微小な温度差と無限の経過時間

極微小な温度差と無限の経過時間により、準静的変化では系と周囲が平衡を維持しながら変化をすると考える。 熱平衡についてであれば、系と周囲の温度は平衡であれば等しいはずであるが極微小な温度差とは何を意味するのだろうか。具体的な例をあげて説明する。

例として壁での熱伝導による熱の伝わりを考える。熱伝導での伝熱の式(フーリエの法則222詳細は伝熱のテキスト[17][20]を参照すること)は次のように表される(壁の中の温度分布は線形と仮定する)。

Q=AkΔTlΔt (B.1)

ここで、Q[J]は伝わる熱量、A[m2]は熱の伝わる面積、k [W/(mK)]は壁の熱伝導率、l[m]は壁の厚さ、Δt[s]は経過時間である。また、ΔT[℃またはK]は任意の有限の温度差とする。 この有限の温度差に対して、準静的過程でのゼロの極限をとった極微小な差について考えよう。ゼロの極限をとった極微小な温度差dT[℃またはK]は次のように表される。

dT=ΔT

このdTを熱伝導の式(B.1)の温度差ΔT[℃またはK]と入れかえ極微小な温度差での伝わる熱量Q[J]を求める。

Q=AkdTlΔt=AkΔTlΔt=0

分子の面積A[m2]、熱伝導率k [W/(mK)]は有限の大きさであり、経過時間Δt[s]もどれだけ大きな時間(例えば1億年)経過しても有限の大きさである限りで割れば熱量Qはゼロとなる。温度差ΔT[℃またはK]がゼロの場合も熱伝導の式(B.1)より熱量Q[J]はゼロとなる。このように、どれだけ長くても有限の時間の経過であれば“ゼロの極限をとった温度差”と“温度差ゼロ”で伝わる熱量は同じゼロであり、同様に系に影響を与えないため温度差はゼロとみなせ、系と周囲の温度が等しいと考えられる。経過時間Δt[s]がである場合のみ分母のを消し、熱Q[J]がゼロではない値を持つことができるため、無限の経過時間でのみゼロの極限をとった温度差により熱を伝えることができる。

仕事の作用がある変化では そこで準静的過程ではゼロの極限をとった微小な圧力差dP[Pa](=limΔP0ΔP)を考える。極微小な圧力差による変化では境界の移動速度はゼロの極限をとった極微少量 limv0v であり、有限の時間では移動量はゼロであるが、無限の時間をかけることで有限の移動量を得ることができ、仕事が作用する。このように、準静的過程では力学平衡を保ったまま(微少圧力差により)無限の時間をかけ境界を移動させることで、仕事が作用する。