B.5 平衡状態と不可逆変化

平衡状態と不可逆変化の関係を具体的に考えていこう。現実の変化が不可逆変化となるのは、周囲と系との間で平衡が成り立たない場合と、系の内部で平衡が成り立たない場合がある。どちらの場合でも、平衡が成り立たない過程では過程中の損失により不可逆になる。周囲と系の平衡について力学平衡と熱平衡が成り立たない、不可逆の要因となる条件を考える。

外部と仕事のやり取りのある系では必ずピストンのような可動部が存在する。ここでピストンを持つシリンダー状の容器を系とする。周囲と系との間で力学平衡が成り立たない場合には、このピストンを挟んで周囲と容器内部の圧力が異なる。この原因として、ピストンが動く際のピストンと容器との間で働く摩擦力と、ピストンを動かすために必要な慣性力に対する力が考えられる。 質量mpis[kg]のピストンの速度v[m/s]を変化させる(停止の速度ゼロから増やす)には、慣性力に対して次式で表される力Fpis[N]が必要である。

Fpis=mpisvt

ピストンの面積がApis[m2]であれば、容器内部の圧力Pin[Pa]と周囲の圧力Penv[Pa]の差により表される。

PinPenv=FpisApis=mpisApisvt

上式で表される圧力差がないとピストンは動き出さない(膨張ではPin>Penv、圧縮ではPin<Penv)。 また、ピストンが動く際にピストンを支えている壁との間に必ず摩擦が生じ摩擦力が動きと逆方向に働く。摩擦力などの力が働いている際には周囲と内部で圧力差がある。摩擦力は有限の大きさであるので、微小な圧力差dP[Pa]では摩擦力に対抗しピストンを動かすことはできない。そのため、準静的過程では質量がなく摩擦のない理想的なピストンを考えなくてはいけない。 質量と摩擦がある場合には容器の内外で圧力差が生じる。膨張ではPin>Penv、圧縮ではPin<Penvとなる。このように膨張過程と圧縮過程で圧力の関係が異なり、逆の過程を行うには圧力の関係を変える必要があることから、力学平衡でない過程は不可逆である。閉じた系では過程の始まりと終わりでは平衡状態であるとしているので、始まりと終わりの状態では容器の内外の圧力は等しい。圧力差による不可逆を考えるのは過程の途中の現象である。

力学平衡が成り立たない条件では熱平衡も成り立たない。ピストンに摩擦力が働くと容器との間に摩擦熱が発生する(周囲とやり取りされる仕事の一部が摩擦熱に変換されているため、エネルギーは保存されている)。仕事から熱へ変換される過程を逆にはできない(熱力学第二法則トムソンの表現 2.2.2p.2.2.2)ため、摩擦熱も過程が不可逆となる一因である。

系の内部での平衡の条件を考える。過程において系の内部で力学平衡となっていない条件として、内部で圧力分布があり流れが起きる状態があげられる。また、流れがあると内部の流れが徐々に小さな渦となることにより流体の運動エネルギーが熱に変換されることで熱平衡も成り立たなくなる(粘性消散)333熱に変換される(発熱する)ことにより、ある場所での温度が高くなり熱平衡ではなくなる。そのため、ピストンを動かす際に内部で流れを起こすと平衡が成り立たず、運動エネルギーは熱から内部エネルギーへと変換される。 運動エネルギーから熱への変換は不可逆である(熱力学第二法則トムソンの表現 2.2.2p.2.2.2)ので内部で力学平衡でない過程は不可逆となる。

また、内部の熱平衡が成り立たなければ、力学平衡も成り立たない。熱平衡が成り立っていなければ熱が伝わり温度が変化し、温度が変われば圧力も変化するため力学平衡が崩れる。

熱が移動するには温度差が必要であり、必ず熱平衡状態とはならず不可逆な過程となる。系に熱が加わった際には熱を受け取った系の周辺部から温度が上がるため、系内部の熱伝導率が無限大であるか十分な時間の経過後でないと、系内部は熱平衡とならない。