2.2 熱力学第二法則の表現

熱力学第二法則の表現は様々にあるが、ここでは伝熱に注目したクラウジウスの表現と発熱に注目したトムソン222ケルビンとされている場合もあるの表現を示す。

2.2.1 クラウジウスの表現

クラウジウスの表現は熱が伝わる現象が不可逆であることに注目した表現で、次のように表される。

「ある温度の物体からそれより高い温度の物体へ熱を移すだけで、ほかに何の結果も残さないような過程は実現不可能である」

熱が伝わる現象で、時間が正しく流れる向きでは高温の物体と低温の物体を接触させて、高い温度の物体から低い温度の物体へ熱を移すだけで、ほかに何の結果も残さないような過程は簡単に実現できる(図2.3-左)。しかし、この現象の時間の流れの向きを逆にして、高温物体と低温物体を接触させて、低い温度の物体から高い温度の物体へ熱を移すだけで、ほかに何の結果も残さない過程は実現不可能である(図2.3-右)。高温物体と低温物体の間に何らかの系(装置など)を入れても同じである。この熱の伝わる向きで時間の流れる向きが判断できる。

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Figure 2.3: クラウジウスの表現

低温物体から高温物体へと熱を移す装置にエアコンや冷蔵庫に用いられるヒートポンプがある。このヒートポンプを動作させるためには仕事が必要である。この際は熱を移すだけでなく、外部からヒートポンプへ仕事を与えた(エアコンや冷藏庫では電気エネルギーをコンセントから受け取り仕事に変換した)という結果を残すためクラウジウスの表現に反しない。

2.2.2 トムソンの表現

トムソンの表現は発熱が不可逆な現象であることに注目した表現で、次のように表される。

「一様な温度をもつ一つの熱源から熱をとり出しこれを仕事に変換するだけで、ほかには何の結果も残さないような過程は実現不可能である」

発熱(仕事から熱への変換)は、物体を床の上で動かす(仕事をする)と摩擦で熱が出るように容易にできる(図2.4-左)。これを時間の流れる向きを逆にすると、物体(ある系)に一つの熱源から熱を加えたら動き出すことになり、トムソンの表現から実現不可能である(図2.4-右)。一つの熱源からの熱を仕事に変換することはできない。発熱は仕事から熱への一方通行の不可逆なエネルギー変換であり、この向きで時間の流れる向きが判断できる。

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Figure 2.4: トムソンの表現

熱から仕事を取り出す装置に熱機関がある。ある温度の物体とそれよりも低いもしくは高い温度の物体の間で熱機関を動作させると、火力発電所のように高温から低温へ伝わる熱の一部を仕事として取り出すことができる。しかし熱機関には必ず高温の熱源と低温の熱源が必要である。温度差のない一つの物体から熱を取り出し仕事に変換するだけで、他には何も結果を残さないような過程は実現不可能であることを表しているのがトムソンの表現である。

このトムソンの表現に反する装置があり、それを例えば船に載せたと考える。この際、このトムソンの表現に反する装置は、一様な温度を持つ物体である周囲の海水から熱を取り出し、仕事に変換し船を動かす運動エネルギーに使うことができる。船が停止すると運動エネルギーは波や摩擦などで全て熱として海へ戻るので、エネルギーは保存され熱力学第一法則には反しない。このようにトムソンの表現に反する装置があれば、燃料を使うことなく周囲の海水や大気から熱を取り出すことで乗り物を動かすことができる333存在しないものではあるが第二種永久機関と呼ばれている。。しかし、トムソンの表現に反する装置が存在する可能性は今までに示されていない 444 一定温度の環境下でピストンが膨張した際には一つの熱源から熱を取り出し、仕事に変換することができる。この際、一定温度の環境は一つの熱源と考えることができる。このように、一つの熱源から熱を取り出して仕事に変換することは出来るが、過程の前後で状態が変わってしまう(ピストンの位置が違う)ため、“ほかには何の結果も残さない”ことにはならない。

2.2.3 熱の不可逆性と時間の流れとの関連

熱の不可逆性と時間の流れとの関連について熱力学第二法則とともに詳しく関係を見ていこう。 クラウジウスの表現から、熱は高温物体と低温物体が接している際に起こり、高温から低温へ伝わり低温から高温へは伝わらないため、熱の伝わる過程は不可逆であり、時間の進む向きが決まる。 トムソンの表現から、一つの熱源から仕事を取り出すことはできない(仕事を取り出して運動エネルギーや電気エネルギーに変換することはできない)ので、等温環境から熱を取り出し仕事へ変換することはできない。摩擦などの発熱の過程は仕事を熱に変換するが、発熱は過程を逆にできず不可逆過程であり時間の向きが決まる。発熱では多くの場合で力学的エネルギーが不可逆的に内部エネルギーへ変化し、発生した熱が大きい場合は不可逆な変化がより大きく、より可逆的な変化から離れる。

クラウジウスの表現とトムソンの表現は同じことを表している。そのことを示すために、付録B.3p.B.3にクラウジウスの表現に反すればトムソンの表現にも反し、トムソンの表現に反すればクラウジウスの表現にも反することを示す。

2.2.4 問題

問題を解いて、これまでの内容の確認をしてほしい。

  1. 1.

    動いている物体が止まる現象は可逆か不可逆か。不可逆であれば、どこに熱が関わっているか示せ。

  2. 2.

    力が一切加わらず一定速度で直線に動く物体の運動は可逆であるかどうか答えよ。

  3. 3.

    可逆な現象と不可逆な現象には他にそれぞれどのような現象があるか示せ。

2.2.5 解答

解答を示す。

  1. 1.

    不可逆な現象である。例えば摩擦で止まった際には運動エネルギーが摩擦熱となる。

  2. 2.

    重力などの力が一切加わらないという現実ではありえない理想的な状態であるが、可逆な現象である。

  3. 3.

    解答例を付録B.2p.B.2に示す。可逆な現象はすべて理想的な仮定を置いた条件でのみ成り立ち、現実には存在しない。