2.3 可逆な変化

可逆な変化はこれまでに記したように実現することはできないが、これから可逆サイクルなど熱力学の議論を進めていく上で、実現できないが理想的な可逆変化として準静的変化を考える。まず準静的変化に使われる平衡状態から説明する。

2.3.1 平衡状態

平衡状態は熱力学において重要な考え方で、外部から完全に独立した系で十分に時間が経過し変化が起きなくなった状態のことを指す。時間の経過で一切の変化が起こらない状態であり、時間が正しい向きに進んでも逆向きに進んでも何もおこらず、時間は正しい向きにも逆向きにもどちらに進んでも変わらないので、平衡状態での時間の経過は可逆変化である。熱力学第零法則3p.3でも使われる考え方である。実際には外部から完全に独立した系を作ることはできないので、実現はできない理想的な状態である。

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Figure 2.5: 平衡状態

簡単な例をあげてみよう。図2.5のように周囲から完全に独立した(外部から熱や物質のやりとりなどが一切ない)部屋に部屋の温度よりも高いお湯が置かれている状況を考える(部屋の空気の湿度は十分に低いとする)。時間の経過とともに、温度の高いお湯から部屋の空気へと熱が伝わりお湯の温度が下がり部屋の温度が上がる。また、同時にお湯は蒸発し部屋の空気の湿度が上がる。ある程度時間がたつと、お湯はすべて蒸発し、部屋の中の空気も始めよりも温度が上がっているが一定の温度となり変化がなくなる。部屋の中は始めよりも湿度と温度が高い空気で一様に満たされていて、また周囲からの影響もないため、この後時間経過により変化することがない。この状態が平衡状態である。現実では周囲から完全に独立させ影響を受けない部屋を作ることはできないため、平衡状態となることはない。

2.3.2 準静的変化

準静的変化は、理論的に現実には存在しない可逆な熱機関を考える上で、可逆的な変化を仮定するための、無限の時間をかけて変化する現実には実現しえない変化である。

準静的変化は系と周囲との間で常に平衡が成り立っており、系の内部でも平衡が維持されている変化である。平衡状態は釣り合いがとれ変化をしなくなった状態であるので、可逆の現象である。しかし、平衡状態が続いても状態は変化しない。そこで平衡状態ではあるが極微小な変化をしており、その変化を無限時間続けることで平衡状態で可逆の変化が起こる、と考えるのが準静的変化である。現実的に無限の時間待つことはできないので、現実には実現しえない変化である。

準静的変化で周囲との間で熱を移動させる変化と、系の体積が変わり仕事が作用する変化について、系と周囲の平衡を維持して系の内部でも平衡が維持されるために、具体的にどのような条件が必要かそれぞれ考えていこう。 熱の移動する変化では熱の平衡に、仕事の作用する変化では力の平衡に注目して555系と周囲で相変化があれば相平衡など他の平衡を考えなくてはいけない状況もある可逆となる準静的変化を考える。 まず系と周囲の間で熱平衡を保ったままでの熱の移動を考える。系と周囲が熱平衡にあるとき、系と周囲の温度は等しい。準静的変化では図2.6のように系と周囲にゼロの極限をとった極微小な温度差dT[℃またはK](=limΔT0ΔT)を考え、熱が伝わっている時間を無限大と考えることで、熱平衡を保ったまま(極微小な温度差により)無限の時間をかけて熱を伝えることができる(より詳しい説明は付録B.4p.B.4)。 系の内部で、熱平衡が成り立つためには温度分布が一定でなくてはならない。極限をとった微小な温度変化であれば、周囲からの影響で内部の温度が変化しないため、常に温度分布が一定であり内部の熱平衡が維持されていると考えられる。

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Figure 2.6: 準静的変化

次に系と周囲との間で力学平衡を成り立たせたまま仕事を作用させるための条件を考えよう。系と周囲が力学平衡にあれば系から境界への力と周囲から境界への力が等しい。しかし、境界の両端での力が等しい状況では境界は動かないため、系は変化しない。 そこで準静的過程では図2.6のようにゼロの極限をとった微小な圧力差dP[Pa](=limΔP0ΔP)を考える。極微小な圧力差による変化では境界の移動量も極微小であり限りなくゼロに近い値となるがゼロではなく仕事も極微少に作用する。移動量が極微小であるが、無限の時間をかければ必要となる有限の移動量が得られる。このように、準静的過程では力学平衡を保ったまま(微少圧力差により)無限の時間をかけ境界を移動させることで、仕事が作用する。 系の内部で、力学平衡のためには圧力分布が一定で渦などの流れはない状態とならなくてはならない。極限をとった微小な圧力変化であれば、周囲からの影響で内部の圧力が変化しないため、常に圧力分布が一定であり力学平衡が維持されていると考えられる。 上記のように、微小な圧力差と微小な温度差により熱力学的平衡を維持したまま、無限の時間をかけて系を変化させる可逆変化が準静的変化である。準静的変化では無限の時間が必要であり、現実では不可能な仮想的な変化である。準静的変化でないと不可逆過程となる理由については、付録B.5p.B.5に詳細を記す。 また、準静的な等温過程では取り出せる仕事の大きさが最大となる。この導出は付録B.6p.B.6に示す。